施主様の「思いで家」体験
現場日記
Y様邸 2006年3月(福岡県粕屋郡:プティ・パレ)
2006年3月1日(水) 雨
(Y様ご本人の手記)
仕事帰りに現場へ。
内部を見ると、造作の吹き抜け手すりも出来ている。仕上がりもバッチリ。で、肝心の左官さんとの話だが、どうも材料の乾きが思ったより早くて、足場を一段降りて下の段に行くと、塗りにどうしても小さな「継ぎ目」が出てしまうのだと言う。そしてこれが「どうしてもこうしても気に食わない」とのこと。なるほど、前に社長が「ものすごーく丁寧にやる人よー」って言ってた意味が呑み込めた。で、素人考えで色々と(荒めに、ランダムに、サーっと(?)とか)提案してみたが、左官さんはベニヤに試し塗りをしながら「せっかくなら綺麗にしてやりたいとですたい」あぁ、完全に口がとんがってる。またも職人のプライドに心打たれた。でも話が前に進まない。うれしいけど困った。何と言っていいか悩んだ末、「大丈夫です。気持ちよく仕事してください、楽しみにしてます」と伝えた。やっと、笑ってくれた。どういう仕上がりになるのかは、僕でもこの時点で十分わかる。安心して任せていいと確信した。
やっぱりそうかー。中島左官さんは職人気質やもんねー。自分が納得行くようにしかせんもんね。ある意味周りの声を聞かない(笑)。Yさん気使わせちゃってごめんね。中島さんは僕の小さい頃から仕事してもらってるから付き合いは長い。以前僕の自宅を建てる時も中島さんにしてもらったが、基礎巾木(基礎の外周部の立ち上がり部外面)が通常のモルタル塗りからなぜか(?)砂利の塗り込みになった。で、じゃあ砂利の色をどうするかという時に、外壁が茶色っぽいのでそれに合わせてと考えていたが、中島さんの「絶対に、緑」という頑固な意見で結局緑の砂利になった。内心「それじゃまるっきり和風だろー」と思いつつ、「それじゃないと仕事しない」的な雰囲気にしぶしぶOKした経緯がある。まあ、出来てしまえば緑でも全然気にならなかったけど。職人魂、恐るべし。(平林克朗)
2006年3月4日(土) 晴れ
(Y様ご本人の手記)
今日は午後から現場へ。左官工事は建物の北面を残すのみとなり、職人の中島さんは今日は玄関周りをされていた。コテムラがわずかにある、シンプルで塗り壁らしい仕上がりに満足。眩しいほど白い。「さすがですねー、ありがとうございます!」と伝えると最高の笑顔。ダブルで眩しいぞ。あんなに口とんがってたのがウソのようだ。
その後は平田さんと、窓周りと基礎の養生を一緒に剥がす。内部では、クロス屋さんが二人、下地のパテ塗りを終え、自動壁紙糊付け機をセッティングしていた。糊を本体にドボーッと入れ、クロスをセットして長さをセットすると、耳を切りながらピッタリの長さで止まる。スゲー!強烈にジロジロ見ている僕に、ここでクロス屋さんから質問される。「あの棒は何ですか?」「すべり棒です。子供がすべったり、カミさんが踊ったりする予定です。スルメみたいに反って」クロス屋さん苦笑。またやってしまった。
>「カミさんが踊ったりする予定です。」
そんな冗談は僕との間だけにしときいよー。業者さんリアクションに困るって。そりゃ苦笑するわな。Yさんは「お客様」なんだから、普通の業者さんはツッコミできないでしょ。
クロスが張れたら雰囲気が一変するね。今までは木や石膏ボードの色で占められてた空間が、一気に白に包まれる。楽しみだなー。(平林克朗)
2006年3月5日(日) 曇り
(Y様ご本人の手記)
今日は日曜だが、中島さんが左官工事をされるとのことで、さっそく現場へ。午後に着くと、一人黙々と頑張っていた。「お世話になってまーす(僕)」「なーんがですかー。こちらこそ、お世話になっとりまーす(中島さん)」もうすっかり打ち解け、色々と左官の話を聞かせてもらった。へぇー、と思う事ばかり。楽しい。
さて、左官工事は外壁がほぼ終わり、明日からは玄関のタイル貼りにとりかかるとのこと。何か手伝うことはないかなーと、息子と西側の養生剥がしをした。
内部は、2F主寝室とウォークインクローゼットのクロスが貼られていた。主寝室は、ほぼイメージどおりだが、クローゼットの方はちょっと白すぎたかなあと思った。実はこのクロス、1F、2Fのほとんどの部分に貼るので、ちょっと不安になってしまった。ま、子供が落書きしたらちょうど良い塩梅になるのかもしれない(笑)。そういうことにしておこう。
もう外壁塗っちゃったのか。僕も塗りたかったなームラムラに(笑)。で中島さんに怒られる。しなくて良かった...。
で、このY邸の見学会をしようと思う。今Y邸の全貌が明らかにー!(笑)。詳細はイベント情報にて。(平林克朗)
2006年3月7日(火) 晴れ
(Y様ご本人の手記)
毎週火曜はカミさんの日。午後に現場へ。外壁の工事は終わり、玄関ポーチ部分の左官工事が行われている。ここに貼られるタイルの選定も、ずいぶんと悩んだものだ。先週、棟梁たちや左官の中島さん、社長、平田さん、皆がいる中で色々と思案したのだが、「どげん思います?」僕が聞けば全員が全員、違う意見。最高に迷ったあげく、僕は平田さんの案に乗っかることにした。「なんで平田?」みたいな顔して、横で社長がちょっと不機嫌だったけど(笑)。
で、内部ではクロス貼りがほぼ佳境を迎えている。室内はとても明るい(カミさん談)そうで、結果オーライか。よかった。
いいよ、いいよ。Yさんと平田は同じ「男子校」ということで変な「絆」が生まれてるようだし(笑)。何を選ぶかは最終的にはやっぱり施主さんの好みだもんねー。(平林克朗)
2006年3月10日(金) 曇り
(Y様ご本人の手記)
今日は夜に現場へ。今の住まいで使っているCSのアンテナと、小屋裏用のエアコンを搬入した。と、中を見るとィヤッホウ!システムキッチンが付いている。男でこんなに喜ぶのも珍しいと自分でも思うのだが、僕は休日にやる気マンマンで料理をすることが結構あり、キッチンは「どうでもいい場所、ではない」のである。で、養生を夫婦でキャッキャ言いながら引っぺがし、パチリ。ウチは子供たちも料理が大好きなので、このアイランドカウンターを囲んでの、家族全員での料理も楽しみである。とりあえず、このピカピカキッチンでの僕の個人的な目標は、以前に失敗してボソボソになった「蕎麦作り」。ツユ(最低3日かかる)は最高に自信あるのだが。今年は成功させて必ず社長に食べてもらおう。
わかるわかる。僕も最近料理するようになったので、キッチンの使い勝手が気になるようになった。自宅はL型で結構大きいのだが、作業スペースの狭いこと。Lの角のところは使いにくいし、端っこのスペースは今や物置状態。キッチンはカミさんが決めたけど、やっぱり自分で使ってみないと分からないもんだねえ。
蕎麦は好きなんで楽しみにしてます。って言うか僕も蕎麦作りに参加しようか。(平林克朗)
2006年3月11日(土) 曇り
(Y様ご本人の手記)
夕方に現場へ。バルコニーの手すりが付いていた。実はこのバルコニー手すりの色、社長は白かブラウンを勧めたのだが、夫婦の独断と偏見により、ブラックに決定した。後に付くウッドデッキの色味も考慮しながらの僕らの狙いは「引き締め&アクセント」。出来はイメージ通りで、満足。現場にいた平田さんも「Yさん、やっぱ黒で正解でしたねー。マジよかですよー」ナイスお世辞(笑)。
内部では、照明の取り付けが着々と進んでいる。このところ非常に展開が早い。明日も現場に行く予定。
もう最近僕の言うこと聞かんねえ(笑)。それだけ自分の家のイメージが完成してるってことじゃないと?自分の意見がしっかりしてるのは良いよ。僕も自分の意見を持ってるので、平田みたいに歯の浮くようなお世辞は言えんけどね(笑)。(平林克朗)
2006年3月12日(日) 雨のち曇り
(Y様ご本人の手記)
11時に現場へ。中島さんが、今日も基礎巾木のモルタル塗りをされている。幸い、緑ではなかった(笑)。まずは、浴室と和室地窓のフィルム貼り。準備しておいたマジックミラーフィルムをさっそく貼っていく。クルマと違って平面なので簡単だ。一時間ほどで終了。防犯とプライバシーの面で、多少の足しになればいいと思う。
あとは、階段手すりへのワックス塗りにトライ。ドイツ「オスモ」社のもの(色はナチュラルクリアー)。高価だったため、小さいものしか買えなかったのだが、これがどうして、結構薄く伸びーる。ゴッソリ余ってしまい、夫婦で調子に乗って色んなところに塗りたくった。
これはオススメ。僕らの小さな家なら、このサイズで行けそうな勢いである。次は火曜日、トイレの壁塗りにカミさんがチャレンジする予定。当日は社長も来るのだが、乱入してムラムラにされないよう気を付けなければ(笑)。

平田に聞くと、今日クレダ(蓄熱暖房機)を取り付けるという。もちろん僕もやりたい。しかし、どうしても今日は予定があって現場に行けない。僕は火曜に行くことになってる。で、平田とYさんに電話して無理矢理クレダの取り付けを火曜にしてもらった。でもほんとは平田を日曜日休ませたかったんです。いや、これほんと。ほんとだって...。(平林克朗)
2006年3月14日(火) 曇り
(Y様ご本人の手記)
金融機関のローン最終契約の日。日銀の量的緩和解除もとうとう決定したが、2月の実行金利で滑り込みセーフ。全期間固定でホッ。会社に休みをもらい、朝一で契約を済ませさっそく現場へ。
今日は約束していた「和」トイレの壁塗りと、櫛引き処理を家族でチャレンジするのだ。久々の施主参加に気分は高揚する。と、見るともう社長と、あの野村さんまでもが壁塗ってる!楽しそうに。思い起こしてみると、ここぞという場面で必ず野村さんの姿。狙い撃ちである。櫛引きの場面でカミさんに交替。上手い。次は僕と息子。あぁ、難しいぞ、これ。次は社長。線がユラユラになってる。んで、野村さん。もうもうあーもう!手が震えとうってば!みんな盛り上がる盛り上がる。...ま、これも「味」として、手直しはしない。みんなで創る、僕らの家。これが、僕らの家だ。
さあ、今日はクレダ(蓄熱暖房機)を取り付けるぞ、とやってきたらトイレの壁を塗ってる。Yさんはいない。

それ今のうちだ!左官の中島さんに言って壁を塗らせて貰う。コテさばきがなかなか難しいが結構いけるぞ。おもしろい。ほら、平田もやれ!野村さんも!楽しませてもらおう。残りを中島さんが塗った後、Yさん登場。Yさんの櫛引きの後、僕も挑戦。おお、手がぶーれーるー...。この「ゆらぎ」は出そうと思っても出せないだろう。はっはっはっ。記念に指紋でも残しとくんだった(笑)。
で、次はクレダの取り付け。本体を取り付けた後、Yさんに中のレンガを組み込んでもらう。うーん、いつ見ても簡単な作りだ。だから壊れにくいのだろうが。(平林克朗)
2006年3月17日(金) 晴れ
昨日クリーニング業者さんによる掃除が行われた。床を覆っていた養生材も取り払われ、室内が全貌を現した。今日は更に細かいところの掃除をするのだ。ついでに補修も(笑)。綺麗な状態で引き渡すために、人間で言うと化粧?をするのだ。床に這いつくばったり、壁や天井を穴の開くほど見て、傷が入っていないかなどをチェックする。それはそれは細かい作業。いつも深夜までかかることが多い。今日もそのつもりで来たが、まだ大工さんが最後の造作をしてたりで今日中に終わるのは無理と判断。明日続きをすることにした。(平林克朗)
2006年3月18日(土) 雨
(Y様ご本人の手記)
今日は午後から現場へ。和室の畳が入っていた。縁甲板があるため、特注サイズの琉球畳。い草のヨカにおいがプンプン。
さて、さっそく明日にひかえた見学会に向けて、準備を色々とこなした。まずは一階でまだ終わっていない部分へのワックス塗り。前回で余ったオスモを、洗面台や窓下の棚に塗っていく。
あとは、僕が煉瓦を入れたクレダ(蓄熱暖房機)の動作と、暖まり具合の確認。外断熱は構造体の蓄熱がキモなので、たった一日の蓄熱/放熱でほんわかと心地のいい体感温度になるかは正直なところ未知数だが、「不快な室内温度差のない家」というのは来ていただく方々にぜひ体感してほしいと思う。僕は単なる一施主だけど。さあ、明日が楽しみだ。
さあ、昨日の続き。小屋裏から掃除を始めて2階、1階と下りてくる。床がパインの無塗装なのでサンダー(電動ヤスリ)をかけて床の表面を綺麗にする。野村がこれを担当。花粉症の為のマスクがいい防塵マスクになってサマになってる。その間、僕はYさんと和室の黒竹オブジェの加工をしていた。黒竹パネルでどう演出するのか。あーでもない、こーでもないと言いながら何とか完成。残った黒竹をトイレの天井に張りたいとYさんが言うのでそれも取り付け。テーマの「居酒屋のトイレ」らしく、良い和風具合だ。夜、リビングの掃除も終わり、とりあえず明日の見学会が出来る状態になった。(平林克朗)
2006年3月19日(日) 曇りのち晴れ
(Y様ご本人の手記)
今日は完成現場見学会。10時すぎに到着し、中を見てみるとシーリングファンや、その他の照明器具がついていた。実は昨日の夜に来るはずの電器工事の方が遅れてしまって、心配していたのだ。結局僕らは午前1時に帰ったが、平田さんは工事立会いで朝までかかったそうだ。とことんまで付き合えなくて本当申し訳なかった。
で、肝心の見学会は、スタート早々から現在建築中の「思いで家」施主の方や、前に見学に来られたWさん夫婦(お花までいただいてありがとうございました)、チラシを見て来られた方、通りすがりに来られたご夫婦、僕の知り合い、そして師匠のKさん親子(師匠には芋焼酎をいただきました、ありがとうございます)、近所の方々ほか、見学客は途切れることなく、盛況のうちに見学会は終了。
結局、僕はといえば食事もままならず、見学会が終わって社長と野村さんが後片付けをしている間、和室でフンガフンガ寝てしまった。いかん、いかんぞ。さあ、今週末は引渡しだが、まだまだ工事は残っている。白目むいて居眠りこいている場合じゃないのだ。
実は昨日、最終の電気工事が深夜に行われた。事前の予定では今日の早朝に工事となっていたのだが、見学会があるので無理を承知で急遽電気屋さんにお願いしたのだ。結局今朝6:30まで徹夜で(平田も)工事してくれた。きつかっただろう。現場(職人・平田)の意地を見た。皆都合というものがあるので、「無理」なことはある。しかし、どうしても、無理してもやらなきゃならん時がある。その時に「どうするか」でその人の評価が決まる。頑張ってくれた電気屋さん、平田に感謝したい。ありがとうございました。
さて、見学会はひっきりなしの来場で休む暇もなし。僕らの家づくりはチラシでは伝えきれないので、正直来場は期待してなかった。が、結果的には満足いく見学会だった。実は僕の家族も呼んでいた。妻や子どもたちに僕が創る家を見せておきたかったのだ。妻は「なかなか洒落た家やね」と言ってた。惚れ直したか?(笑)。
Yさんご家族には一日中付き合ってもらってお疲れ様でした。来場者の子どもが走り回ったり、あちこち触りまくったりでヒヤヒヤしたんじゃないかな?色んな人がいるからね。
さあ、引渡まであと1週間。Y邸現場日記の第1幕が終了する。もしかすると引渡後の第2幕がスタートするかも(笑)。もう十分?Yさん?(平林克朗)


2006年3月21日(火) 曇りのち雨
(Y様ご本人の手記)
今日は祭日で休み。10時に現場へ。平田さんと二人きり、それぞれの作業にさっそくとりかかる。
平田さんは床下にもぐり、基礎断熱材の最終チェックとウレタン詰め。僕はガレージの内装を仕上げる。実はこれ、外壁に使った塗り壁の材料の余りと、「和」トイレの天井の材料の余りなのだ。またしても出た「後付け」の「思いつき」(笑)。
作業の合間に、足洗い場(左官の中島さんにモジモジ甘えて作ってもらった)で買ってきたレンガの余りで、立水栓まわりもちょっとアレンジ。これまた「思いつき」。で、夕方にはカミさんも合流し、18時すぎに終了。出来は、まあまあ素人なり。中島さんに見つかったら、また口がとんがるであろう仕上がりである。その時はぜんぶ平田さんがしたって言おう。決定。
立水洗、後日見た時に凝視してしまった。中島さんが作ったんやろうか?それにしては...。と思っていたら、Yさんがしたという。そうでしょそうでしょ(笑)。いやいや良く出来てますよ。味があって(笑)。自分で作る分はこれでいいんよ。上出来。(平林克朗)
2006年3月24日(金) 曇り
(Y様ご本人の手記)
今日は仕事帰りに現場へ。とうとう明日にひかえた引渡し日を前に、すべての床にオスモ塗りを施す。引渡しの翌日に引越しするので、家具が入る前にどうしても済ませなければならないのだ。
夫婦でテキパキとこなし、1時間ほどで終了。二人、顔を見合わせ「感慨深いねー」と握手。そういえば、カミさんと握手なんて久しぶりだ。楽しく、また一生懸命だった家づくりも明日で終わる。僕にとっては、「終わってしまう」と言ったほうが正しいかもしれない。明日が来てほしいし、来てほしくない。そんな複雑な気持ちである。
2006年3月25日(土) 快晴
(Y様ご本人の手記)
僕の人生で記念すべき日がやってきた。今日は家づくり最後のイベント、引渡し式の日だ。まるで僕ら家族を祝福してくれるかのような青空に心は弾む。
昼すぎ、現場に社長、野村さん、平田さんが到着。さっそく、アイランドカウンターに造りつけのレンジ棚がついた。いったん外に出て談笑のあと、テープカット。チラッと前の道路を見ると、道行くクルマが速度を落としてこっちを見てるじゃないか。あぁ、最高にこっ恥ずかしい。自分で「やっぱ、しとかないかんでしょー」とお願いしてやってもらったのだが、これは家づくり最後にして最大のミス(笑)。夫婦で赤面しながらテープをカット。三人の男達のまばらな拍手につつまれて、現場は、晴れて「我が家」となった。
で、さっそく、中に入って野村さんと社長に設備の説明を一通り受ける。うわの空である。そのあと、庭に出て、用意しておいたポンチョを皆さんに着てもらい、お待ちかねのシャンパンファイトだ。もう、こうなったらやりたい放題である。「やったぞー」年甲斐もなく絶叫。近所のバアチャンもこっち見て笑ってる。バアチャンたのむ、やったぞぐらい言わせてくれ。さて、その後も話は尽きることなく時間は過ぎ、また日も暮れてきたので、僕から簡単にあいさつ。「おかげ様でいい家が出来ました。本当にありがとうございました!」「いやいや、今日からがお付き合いの始まりやけん、末永くよろしくお願いします!」と社長。恒例の固い握手。もう何回目だろう。手が痛い。社長握りすぎ(笑)。
頭をシャンパンでガビガビにしたまま、クルマの中から笑顔で手を振る社長を見送りながら、僕は、何とも言えない達成感と、安堵感に包まれた。深呼吸して、タバコ吸ってたら、なぜかジーンときてしまった。
...家づくりに熱い情熱を燃やす二人の男が出会って一年。情熱は、たくさんの人の力で、「家」となった。今は感謝の気持ちでいっぱい。皆さん、本当に本当にありがとうございました。
キッチンのシンクにシャンパンが冷やしてある。???。シャンパンファイト?うそやろー。またサプライズ?こんなの初めてだな。Yさんやる気満々やし。ここまで来たらしょうがない。やるぞー。で、カッパ着ていざ。あいたた、目にしみる。誰や、俺の顔めがけてかけてるのは!やっぱりYさんか!目がいたいっつーの!まったく(笑)。でも、まあいろいろあったけど終わっちゃったなあ。ああ、ウッドデッキ作らないかんかった。まだこの現場日記も終われんということだな(笑)。(平林克朗)


エピローグ 家づくりを終えて
家を、「つくる」ということ
今回、僕の人生において最大のイベントとなったであろうこの「家づくり」を、平林建設さんにお願いして、共に歩み、感じ、そして得たもの。
僕が住宅を取得するにあたって、工法、ビルダー、土地、資金計画、間取り、設備、外観内観などなど、選び考えることは山ほど、それこそウンザリするほどあったが、それらはすべて、自分を含めた家族の「今の笑顔」「これからの笑顔」「ずっとずっと先の笑顔」を考え、家族のあり方と、自分の人生そのものを見つめなおす「旅」のようなものだったなあと、今になってしみじみ思う。
住宅の建築というものは本当に特殊な要素がたくさんある。住宅誌などでは、いいことずくめで、さぞかし楽しいばっかりだと思う人も多いと思うが、この現場日記で平林建設さんのホームページに載せて頂くにあたっての、僕と平林社長との「言いたい放題」の男の約束どおり、言いたいことをありのままに言わせていただく。
...家づくりには、色々な困難がある。正直、僕も家づくりを考え出した当初は、色んな障害に出くわした。夢を踏みにじられた事も一度や二度ではないし、バカバカしくなって諦めかけた事もあった。年収を書かないならモデルハウス見学お断り、話のウラが見え見えにも関わらず、訳のわからない自信に満ち溢れた、全く根拠のないセールストーク、他社の誹謗や中傷etc, etc...。ここで実名をあげたいくらいである。建築業界というものは、しょせん素人が太刀打ちできるほど生易しく、たやすいものではない。一生懸命、施主が勉強して、覚えたてやうろ覚えのエセ知識をひけらかしたとしても、何の屁のツッパリにもならない。「適当にごまかして一丁あがり」が、ある場所のどこかでは成り立つ世界なのだ。そのくらいはこの僕でも「マイホーム計画」を通してじゅうぶん理解できた。
家を手に入れる、ということに関して、今だから言うが僕自身、正直ノイローゼになるかと思うほどだった。スケベだけがとりえのクソジジイになるまでつきまとう借金、それがとてつもない金額であるのに、試乗も試着もない、モノを見る前に何千万円もの契約を交わす、気軽な買い替えも返品も不可能、まさに、すべてが「ぶっつけ本番の一発勝負」。なぜみんな簡単に「買える」のだろう。「お父さんは忙しい」からか?「面倒くさい」からか?マルキョウやダイエーで白菜や大根を買うのとは訳が違うのだ。家づくりぐらい、死ぬほど真剣になってもバチは当たらない、そう僕は断言できる。
よく、家づくりで「営業マンが気に入ったのすっぽんたんので買った」だとか、「なんとかコーディネーターがうんぬんで大成功」などと言うが、依頼先を決めるにあたって、一番大事なのは社長だと僕は思う。何がどうこう言ったとしても会社の「顔」は社長だし、すべての権限は社長にあるのだから。ハウスメーカーの営業マンなんて、いついなくなるかわからないし、コーディネーターや設計士にモロ乗りでつくった家は、その人達の家に自分の名前を書いた表札を貼っただけでしかないと、僕は思うし、それよりなにより、良い経営者には良いスタッフ、良い大工、良い職人がついてくるはずだ。
余談だが、もうひとつだけ付け加えるならば、平林社長がもしも今現在の時点で現場を退いていたならば、僕は建築を依頼していなかったとはっきり言える。例えは悪いが、うまいラーメン屋はオヤジが先頭きって頑張っているものだ。店を増やして、裏でふんぞり返り出すと決まって味が落ちてつぶれるものじゃないだろうか。
建物の構造、断熱の方法を決め、イメージをある程度固めて平林社長に出会ったわけだが、直感で感じた相性を信じてよかったと思っている。何よりも誰よりも家づくりに情熱を燃やしていると感じたし、自分も情熱で負けたくないと思ったほどだ。家づくりが始まると、社長と僕で「同じ方向を向いて」ゴール目指して突っ走ることができたし、その努力に、そして自分が投入した予算にじゅうぶん見合う家が出来たと思っている。
家づくりの工程はどれも思い出深かったが、特に思い出に残っているのは断熱、気密工事。「参加している」という想い以上に、(自分の力で)「この家の性能を、もっともっと良くするんだ!」「これは僕の家族の家なんだ!」という思いを強く感じながら、そこで過ごす妻子の顔を思い描きながら、雪の降る現場で鼻水たらして頑張ったのを覚えている。施主と工務店の枠を飛び越えて、本当に無我夢中で現場に通った。楽しい、というよりも必死だったというのが正直なところである。実際、気密測定の結果には自分自身ビックリしているし、皆さんの努力と施工能力に最大の敬意を表したい。現在の木造一戸建ての常識を、はるかに超える性能をたたき出せたと思う。
今、完成した新居でこの文を書いているのだが、住み心地は、「よかですばい」の一言につきる。誰しもが、大枚をはたいて、また自分の「命」を担保に手に入れた我が家を、わざわざけなそうとはしない。自分の選択を正しいと主張したいし、ウソでも納得したいと思うものだが、僕は、冷静に、それらを差し引いても余りある「空気の質」があると自信を持って言える。これからも、木造、RC造、鉄骨、充填断熱、吹き付け断熱、外張り断熱などに限られることなく、もっともっと新しいものへと住宅の工法は進化し、シフトし続けると思うが、現時点で、あらゆる意味で「欠点が少ない工法」であることは間違いないと思う。人によっても感じ方の違いはあるが、住み始めて一週間、春先のこの家全体の暖かさが「くどくない」感じがとてもいい。何しろ、クローゼットの中の洋服も、夜寝る布団も、朝履く靴もすべてがほんわかと暖かいのだから。クレダ一台の、あの「テレーッ」とした熱で、こうなるのだから大したもんだ。
平林社長との一年間は、長いようでいて、本当にあっという間だった。出会った初日から、なぜ信じきっていたのか、なぜあんなに社長に惚れた(今も惚れているが)のかは自分でも不思議なのだが、非常に抽象的ではあるがそれが「出会い」、そして「縁」なのかなと、今は思っている。社長とは工事が始まってからも本当に密にコミュニケーションを取っていたので信頼関係は深まるばかりだったし、部材などの行き違いも最大限なくすことができたと思っている。工事中に考え、決めていかなければいけない場面もたくさんあるので、何でも言える仲になるというのが家づくりでは大前提なのかもしれない。現場では、徳永棟梁をはじめ工事に携わってくれた皆さん、本当にいろいろとありがとうございました。社長、「これからもよろしゅうたのんますばい!」
この現場日記を見ていただいた方の中には、これから家づくりに取り組む、取り組もうと思っている方も多いと思う。皆さんの家づくりに、少しでもこの日記が今後の参考や足しになれたなら、本当にうれしいと思う。
...最後に、この家づくりに関して(も)、こうと思ったらイノシシよりも全速前進、うさぎと一緒でバックできないこの僕に、最初から最後までイニシアチブをとらせてくれ、一緒に笑顔で家づくりを楽しんでくれた、僕のカミさんに心からお礼を言いたい。本当に、ありがとう。
...家づくりは、すばらしい。住まうものとつくるものが一体になれたとき、その家づくりはすでに成功したと言っていい。
『家づくりは、自分づくり』...平林社長が僕にくれた言葉をお借りして、エピローグに代えさせていただきます。
今回の家づくりは僕にとっても色々学ぶべきことが多かった。お客様との信頼関係、現場の管理、打ち合わせ、予算、情熱...。
「家づくりは、自分づくり」この言葉は僕自身が工務店を経営するに当たって感じていたものだった。大量生産+商品販売化、いわゆる「物」売りが進む住宅業界に疑問を持ち、平林建設から独立して別会社を作ったのが2000年。そこで外断熱工法に没頭し、更にお客様と時間をかけて一緒に家づくりを行うことの意義を理解した。家づくりの本質。「家」を物として捉えるのではなく、「家づくり」という過程の中にこそその本質があると。「家づくりはドラマだ」当時感じたことである。それから3年。平林建設に戻り、社長になってから、それまで加盟していたローコストフランチャイズと手を切った。そして3年間培った外断熱工法に全てシフトし、外断熱工法一本で生きて行くことを決めた。
そして「思い出に残る家づくり」。その過程に本質がある家づくりで、一生涯忘れることの出来ない思い出をつくって、お客様と共有しよう。僕の経営理念である。屋号もその思いから「思いで家」にした。当時、社員から猛反発を食らった名前だ。しかし、どうしても僕の決意を伝えるにはこの名前しかなかった。「変な名前」と誰もが思ったに違いない。望むところだった。僕は人と同じことは嫌い。長いものに巻かれるのも嫌い。別に大儲けしようとも思わない。こんな家づくりをしてたら数はこなせない。利益は後からついてくるさ。
しかし、世の中のほとんどのお客さんは家を「買う」。車や電化製品のように「商品」として家を買う。もちろん形として残るのは「物」としての家。だから家づくりを「買い物」と捉えるのも仕方ないが。そんな世間を相手に商売しようというのだから、今思うと大胆だった。僕の思いはなかなか伝わらず、悩める日々が続いた。
しかし、次第に共感してくれるお客さんが出てきた。共に苦労しようとしてくれるお客様が。家づくりを共に戦い、笑い、怒り、涙し、完成時には寂しささえ覚える様なドラマチックな家づくり。一軒一軒そのドラマの主人公は異なり、そのストーリーも異なる。決して映画化もテレビ化もされない自分達だけのドラマ。そのドラマの一役者として僕は現場ごとに自分を成長させてもらっている。こんな意義深い仕事があるだろうか。
でも不思議なことに家づくりを通して変わっていくのは僕だけじゃなかった。施主さんもそうなのだ。家が完成する頃にはすっかりたくましくなっているのである。多額の借金を抱え、一国一城の主としての家族に対する責任感を受け止められるようになるのである。逆に言い方は悪いが、そういうお客様しか僕の家づくりにはついて来れない。家づくりは人を成長させる。いや、その要素はある。後は家づくりに関わる人達がそれに気が付くのかどうか...。
今回僕を信用してくれて、任せていただいたY様、奥様、そして温かく見守って頂いた親御様方に心より感謝いたします。今後とも一生のお付き合いをどうぞよろしくお願い申し上げます。(平林克朗)
まだまだ続く、Y様邸の現場日記!
やり残していたウッドデッキの工事をはじめ、Y様邸の「その後」を掲載中!
Y様邸 第二幕をご覧ください。
←前のページへ
次のページへ→
ページトップへ戻る